競艇伝説 ~植木通彦~

競艇会のレジェンド、艇王こと植木通彦さんについてお伝えしていきたいと思います。

出身地福岡県
生年月日1968年4月26日
身長/体重165cm/51kg(現役時)
血液型O型
所属/登録番号福岡支部/3285
登録期/特徴59期/自在
デビュー日1986年11月
選手引退日2007年7月18日
記念優勝33 回
SG優勝10 回
GI/PGI優勝23 回
GII優勝3 回
GIII優勝7 回
一般戦優勝31 回
通算優勝74 回
通算勝率7.58
通算勝利出走4500回 1562勝

不死鳥伝説

植木選手は1986年に福岡競艇場でデビューしました。
1989年の競艇生活3年目に群馬県の桐生競艇場で、転覆した際に後続艇のプロペラで顔面を切り刻まれ75針縫う大怪我を負ってしまいます。

そして、復活戦を大怪我を負った桐生競艇で迎えることになります。
普通なら怖くて選べないと思いますが、そこをあえて選んでしまうあたりが、植木選手の凄さたる所以ではないでしょうか。
そこから不死鳥の異名を与えられました。

語り継がれる名勝負

1995年の第10回賞金王のレースは今でも競艇ファンの間では語り継がれる名勝負でした。
植木通彦は5号艇でしたが侵入で2コースに、1コースは中道義博スタートしてからは中道がイン逃げ成功。
しかし、2マークで植木が差し返し、このやり取りが最後まで続き最後はわずかに植木がリードして1着ゴール!
激しいトップ争いが行われる中観衆は興奮したでしょう。
この優勝戦の中には今や艇王と語られる松井繁選手が若手で優出していました。

現在

現在は以前も書きましたがやまと学校の校長を務められています。
そして各ボートレース場でイベントなど今でもボートレースに携わるお仕事をされています。

モンキーターンで勝った優勝戦

今や競艇では、なくてはならないというか当たり前になっているモンキーターン。
昔はモンキーターンというものはなくみんなターンマークを普通の旋回をしていたのですが、1993年のSG総理大臣杯の優勝戦でモンキーターンを使い優勝しました。
モンキーターンで優勝したのは競艇界で初でした。

突然の引退発表

SGでフライングを切ってしまい1年間SGに出走する権利を奪われてしまい、そのフライング休み明けの復帰戦を平和島の一般戦で復帰。
その後鳴門競艇の一般戦に出場、結果この節の最終日のレースが植木通彦さんの現役最後のレースになりました。
鳴門の一般戦終了後の翌日に行われた永年功労者祝賀会にて突然の引退発表。
植木さんは桐生の事故後20年は命をかけて走ろうと思いちょうど20年経ったので引退を発表しました。
生涯獲得賞金は22億6184万2369円、競艇界で20億円突破してるのは、松井繁と今村豊と植木通彦のみです。

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